20.7. 進化との関連 : バイオフィリアと環境倫理
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数百万年の間、生物の多様性が、環境の変化に対する進化的な適応を通して栄えてきた 多くの種にとって、進化のペースは人間が環境を変化させる異常な速さに追いつくことができない
一方、そのような種は、人間のもつ1つの特徴、生物を愛するという心によって救われるかもしれない
バイオフィリアは、様々な形態をした他の生物とともにありたいという人間の欲求を表す言葉
人間は、ペットと緊密な関係を築き、鉢植えの植物を育て、庭の餌台で鳥を招いたり、動物園や自然公園に押し寄せたりする
我々がきれいな水や緑の茂った植生のある原生的な自然に引き寄せられるのも、我々のバイオフィリアの証拠である
ウィルソンは、我々のバイオフィリアは本質的なもので、人間が生存するためには環境に対する緊密な結びつきや植物や動物に対する実用的な認識が必要だったからで、聡明な種に作用した、環境に対する自然選択による進化的な産物であると提唱している 多くの生物学者がバイオフィリアの概念を支持することは驚きではないだろう
もし、バイフオフィリアが進化的に我々の遺伝子に組み込まれているのなら、我々は、生物圏のよりよい管理者に慣れるという希望がある 我々すべてがバイオフィリアにより多くの注意を払えば、新たな環境倫理が個人や社会の間で受け入れられるだろう
そして倫理は、生物の絶滅を防ぐ納得の行く方法がある限り、我々の行動の結果として、あるいは、生態系が破壊された結果として、ある生物種が絶滅することを、我々自身が見てみぬふりをすることを、決して許さない決意となる
確かに我々は、食物、薬、建築資材、肥沃な土壌、洪水制御、生息可能な気候、飲料水、呼吸する空気を生物多様性に依存しているからという理由によって生物多様性の保全へと動機づけられるべきである
しかし、そうすることが倫理的なことだから、という理由だけによっても我々は他の生命体の絶滅を防ぐために努力できるのではないだろうか
再びウィルソンが喚起を促している
「今こそ、我々は、世界中の生物種を瓶首に追い込んでいる。我々は、そのような危機に瀕した生物種をできる限り救えるように、大きな道徳的な信条を作ることに着手してきた。これは、現在の、また今世紀中の挑戦課題である。我々の種について、1つのよい点がある。それは我々人間が挑戦を好むということだ」
現代生物学は、人間のあらゆる生命体に対する連帯感や興味を持つ傾向を、科学的に拡張したものである
我々は、自身がありがたく思うものをたいてい守ろうとし、理解していることを高く評価する